そういえばサイトを更新してました。
https://pewq315.com
更新というか同人誌を数本収容しただけですが、よければ是非。
初めてiPadで作った同人誌原稿(命のゆじ)をどこのファイルに入れたか忘れて見失っています。どこかには入れた。消してはいないはず。どこなの。気に入っているのに。命のゆじをサイトに載せたいよ。
あと、以前にもお知らせしたんですけど、この週末に下記のWebオンリーに参加します。
PICREA(ピクリエ)開催イベント 【個人サイトWebオンリー めぐる市】 https://picrea.jp/event/a306c73ff0f8e27b...
このWebオンリーを教えてもらっていなかったら、まだ当分サイトは完成してなかったと思います。教えてくだすった未捺彦先生に感謝。本当にありがとうございます。ようやく自分の根城が出来ました。これでいつでもひきこもって遊べます。
個人サイト文化をあまり知らないという方は、是非このイベントで色々な「ホームページ」を巡ってみてほしいです。今はコンテンツをアプリで楽しむのが普通で、SNSさえあれば片手間に様々な画像や動画の閲覧が出来る時代ですが、腰を据えてネットサーフィンするというのもなかなか趣きがあるというものです。(ネットサーフィンを「趣き」とかいう時代が来るなんてだいぶ信じられませんが)
サイト作りのキッカケも転がっているかも知れません。初めての同人誌作りと同じでサイト作りも「やるしかあんめぇ」となったら絶対完成しますので、少しでも「やるしかあんめぇ」の人が増えたらいいなぁと思うし、ブームが一巡してまた個人サイトが脚光を浴び、便利なサービスが勃興しまくったらいいなと思います。
最初未捺彦先生からこのイベントを教えて頂いた時、「満了してもスペース拡大してくださるみたいなんで、申し込みはゆっくりでもいいかもです」と仰っていたので、まあ今日日個人サイトと言ってもね…などとかなりナメたことを思っていたのですが(自分自身ネットサーフィンなんてほぼしなくなっている側の人間だから)、現実はなかなかの早さでスペース満了だったようで、まだまだ個人サイトの勢いは死んでないね‼️と、かなり嬉しい気持ちになりました。
思い立ったが吉日行動だけは早いので、聞きつけてすぐに申し込みしました。ついた火を消すのは下手ですが自分のケツに火をつけるのだけはやたら得意。自分のケツになら火を放ち放題。ケツ炙りにだけは自信がある。一生ケツを燃やしていく。
そういえば初めてTwitterのアカウント作ったのって何年くらい前になるんだっけ❓と思って色々遡ってみたら、私が初めてTwitterというものに触れたのは16年前でした。怖い。生まれたてほやのバブが最後の制服時代を楽しむお年頃になってしまうのと同じ時間を、私はあのSNSと共に過ごしています。私以外にもそういう人はたくさんたくさん居ると思います。あえて言いますが時間の使い方絶対間違っています。
Twitterをやり始めた時はSNSがどういう意味のなんなのかということを全く考えていなくて、当時サイトに設置していたメモ(alfoo)の代わりに使えたらいいなくらいの気持ちでした。全然用途違ったね。
alfooって今もあるのかな❓と思って調べたらサ終していました。いらんことをいっぱい書いていたので、これで完全にネットの海に沈んだと思うと切なさと安心が一挙に押し寄せてきます。中学生の頃から色々なウェブサービスに絶え間なく黒歴史を刻む人生でした。でも最後はみんなインターネットという大海の底に沈んでいきました。XもInstagramもThreadsもmixi2も、そう遠からぬ未来では海底に沈む珪藻類の死骸みたいになっていることでしょう。でもその代わりに新しいインターネットサービスが生まれて、我々は死ぬまで黒歴史を刻み続けるんだと思います。とことん黒光りさせていきたいです。畳む
https://pewq315.com
更新というか同人誌を数本収容しただけですが、よければ是非。
初めてiPadで作った同人誌原稿(命のゆじ)をどこのファイルに入れたか忘れて見失っています。どこかには入れた。消してはいないはず。どこなの。気に入っているのに。命のゆじをサイトに載せたいよ。
あと、以前にもお知らせしたんですけど、この週末に下記のWebオンリーに参加します。
PICREA(ピクリエ)開催イベント 【個人サイトWebオンリー めぐる市】 https://picrea.jp/event/a306c73ff0f8e27b...
このWebオンリーを教えてもらっていなかったら、まだ当分サイトは完成してなかったと思います。教えてくだすった未捺彦先生に感謝。本当にありがとうございます。ようやく自分の根城が出来ました。これでいつでもひきこもって遊べます。
個人サイト文化をあまり知らないという方は、是非このイベントで色々な「ホームページ」を巡ってみてほしいです。今はコンテンツをアプリで楽しむのが普通で、SNSさえあれば片手間に様々な画像や動画の閲覧が出来る時代ですが、腰を据えてネットサーフィンするというのもなかなか趣きがあるというものです。(ネットサーフィンを「趣き」とかいう時代が来るなんてだいぶ信じられませんが)
サイト作りのキッカケも転がっているかも知れません。初めての同人誌作りと同じでサイト作りも「やるしかあんめぇ」となったら絶対完成しますので、少しでも「やるしかあんめぇ」の人が増えたらいいなぁと思うし、ブームが一巡してまた個人サイトが脚光を浴び、便利なサービスが勃興しまくったらいいなと思います。
最初未捺彦先生からこのイベントを教えて頂いた時、「満了してもスペース拡大してくださるみたいなんで、申し込みはゆっくりでもいいかもです」と仰っていたので、まあ今日日個人サイトと言ってもね…などとかなりナメたことを思っていたのですが(自分自身ネットサーフィンなんてほぼしなくなっている側の人間だから)、現実はなかなかの早さでスペース満了だったようで、まだまだ個人サイトの勢いは死んでないね‼️と、かなり嬉しい気持ちになりました。
思い立ったが吉日行動だけは早いので、聞きつけてすぐに申し込みしました。ついた火を消すのは下手ですが自分のケツに火をつけるのだけはやたら得意。自分のケツになら火を放ち放題。ケツ炙りにだけは自信がある。一生ケツを燃やしていく。
そういえば初めてTwitterのアカウント作ったのって何年くらい前になるんだっけ❓と思って色々遡ってみたら、私が初めてTwitterというものに触れたのは16年前でした。怖い。生まれたてほやのバブが最後の制服時代を楽しむお年頃になってしまうのと同じ時間を、私はあのSNSと共に過ごしています。私以外にもそういう人はたくさんたくさん居ると思います。あえて言いますが時間の使い方絶対間違っています。
Twitterをやり始めた時はSNSがどういう意味のなんなのかということを全く考えていなくて、当時サイトに設置していたメモ(alfoo)の代わりに使えたらいいなくらいの気持ちでした。全然用途違ったね。
alfooって今もあるのかな❓と思って調べたらサ終していました。いらんことをいっぱい書いていたので、これで完全にネットの海に沈んだと思うと切なさと安心が一挙に押し寄せてきます。中学生の頃から色々なウェブサービスに絶え間なく黒歴史を刻む人生でした。でも最後はみんなインターネットという大海の底に沈んでいきました。XもInstagramもThreadsもmixi2も、そう遠からぬ未来では海底に沈む珪藻類の死骸みたいになっていることでしょう。でもその代わりに新しいインターネットサービスが生まれて、我々は死ぬまで黒歴史を刻み続けるんだと思います。とことん黒光りさせていきたいです。畳む
CATEGORY:雑記
学生時代にやっていた個人サイトは「骨とサーカス」という名前でした。その後、本格的に社会人生活が始まるタイミングで「血と骨と肉」という名前に変えました。当時はこういうのがクールだと思っていました。骨とか血とか書いておけば展示しているものの傾向も分かりやすいし。
私のテキストを読んだことがある人はなんとなく分かると思うのですが、そもそも当時の私が好んで書いていたのは暗い話の方で明るい話はあんまり書いてなかったんですね。大真面目に文章を書こうと思ったら、やっぱりハッピーエンドよりなんかどんよりした話の方が書きやすい。今でこそ堂々たるハピエン厨ですが、ハピエン厨に転向した理由は「社会人の疲れは学生の疲れより暗い話を書く体力を奪うタイプの疲れ」だったというのと、絵ではギャグっぽい話が描きやすいという気付きがあったからです。漫画で暗い話を描く気にならないように、文章で明るい話を書く気にもあまりならない。よほど書きたいものがあれば別かも知れないけど、文章で書きたいものは自分の技量ではとても絵に落とし込めない何かなんだと思います。
今回サイトを作るにあたって初心忘れるべからずと思い、また「骨とサーカス」という名前をつけようと思ったのですが、なんかもう骨とか言うような年頃じゃないことに気付きました。死を連想させることがカッコよかった学生時代はもうかなり遠い遠い過去で、今はもっと今の自分に近い言葉にしたいと思ってサイト名を「さんぽぽぽ」にしました。今の自分は結構自分のアイデンティティを「ぽ」のほうに託しているんだと思います。「えうぉ」ではなく。
この言葉が他で使われていないか確認してから名前をつけたらよかったんですが、思いついたら「これしかない‼️」となってしまい我を通してしまいました。検索するとアート展のタイトルが出てきてやっちまったと思ったんですが、まあこのサイトは一応検索避けもしておりますしご迷惑はならないだろうと。おいおい同人サイト系のサーチには登録しようかなぁと考えておりますが、身内に時々来てもらう用のサイトとして(あとは完全に自己満足として)細々やっていこうかなと思います。
「骨とサーカス」というサイトを運営していた頃の一番の思い出が、当時自分がサイトに展示していた作品を気に入ってくれたお姉様に「あなたの話を本にしたい」と言ってもらい本当に本を出してもらったことです。その本が本当に手の込んだ素敵なもので、お姉様がその表紙に手作業で赤いスワロフスキーを貼ってくれました。ペーペーの学生だった自分にはまだそのスゴさがあんまり分かっていなくて、今だったら感謝の五体投地でアスファルトを自分の額で削る気概なんですけど、当時は「嬉しいなぁ」くらいの感覚でした。あの頃の自分に会えたらぶっ飛ばすと思います。お前、もっと感謝しろと。
でもそうやって大切にしてもらった話は、今振り返って読んだ時にどれほど拙く感じても、やっぱり何がなんでも手元に残しておかなくちゃと思うもので、10年どころじゃない月日がたった今もこのお話だけはインターネットに残しています。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=...
死にたい雲雀シリーズというやつです。初出が2007年か2008年か。だからもう本当に20年近く前。
当時を振り返るとずいぶん熱心にサイトをやっていたなぁと思うし、サイトが本当に生活の一部でした。今同じ熱量でサイト作りが出来るかと言われたら無理です。しかし、二次創作的なコンテンツが軒並みpixivに収容されるようになってインターネットの景色が変わり、SNSが更に二次創作の裾野を広げてくれたのと同時に、狭いところでダンゴムシしていたオタクは実際のところ行き場をなくしてしまいました。ダンゴムシではなくてせめてイモムシくらいにはならないといけなかった。でもやっていることは二次創作だし、わざわざ表立って自分の存在をアピールしたいわけではない。石の下にいられるならそっちのほうがいい。注目を浴びたくはないが愛好者には自分の存在を知ってもらいたい。個人サイトはそういう需要を満たしてくれるものだと思います。
イーロン・マスクがインターネットで暴れるたびに「個人サイトへの回帰」がにわかに熱を帯びたりしますけど、サイト作りはやはり骨の折れる作業だったしハードルが低いとは言えないなと思います。管理も面倒くさいし、何よりスマホ一台で出来るのかと言われると、難しいと思う。とにかく一番これ、「スマホだけで完結しない」というのが時代に合っていない。サイト作りってPCがあることが前提だけど、今どきの子達はそもそもPCを持っているのだろうか。自分たちが同人作品を楽しむ時もわざわざPC開くよりスマホ片手に見る方が圧倒的に多いと思いますし、スマホで作業出来ない限り個人サイトは絶対流行らないだろうなと思います。もちろん今はスマホ一台でサイトが作れるサービスもあるんですけど、選択肢は少ないというのが現状です。
「個人サイト」というものが同人文化の一部として定着していた時代を通ってきた人と、pixivやSNSが同人文化の入口だった人とでは個人サイトというものに対する思い入れも違うと思いますし、「やってほしい」だけではなかなか重い腰は上がらないと思いますが、それでも是非興味があったらチャレンジしてほしいです。テンプレートを配布してくださっているサイトさんは今でもたくさんあって、今回私はすべてを配布サイトさんに頼りました。cssに関して自分が頑張ったことはほぼないです。素敵な配布サイトさんたちのお陰でやっと自分だけの石の下が出来ました。
サイト作りをやろうやろうと思いつつ全部後回しになっていたんですが、以前merciで未捺彦先生に「6月に個人サイトWebオンリーがあるんですよ〜」と教えて頂き、それに合わせて絶対サイトを完成させるぞ‼️という目標(締切とも言う)を立てることが出来たのもかなり大きかったです。
https://ma100.stars.ne.jp/meguruichi/
未捺彦先生に「ぽえうぉさんが出たらめぐゆじ取り扱いサイトが2件に増える」と言われて、ソイツはやるしかねぇと思いました。増えた方がいいからね、自カプサイトは。
目下の夢はサイトのリンクページをめぐゆじサイトまみれにすること。どういうサイトを参考したとかどんな記事を読んだとか、自分がやったことや自分のぶち当たった壁などは聞かれたら全部教えますので、どうか皆さんお願いします。夢を叶えさせてください‼️
SNSは便利だけど、どこへ行こうが結局は同じことが煩わしくなり同じことで悩まされるもの。なんでも使い方次第なんだから、SNSも含めてゆるくやっていこうと思います。どこで何をやっていたって私は絶対的に平和を支持。Xには課金しない。戦争反対。自カプは最高。
以上、よろしくお願い致します。
私のテキストを読んだことがある人はなんとなく分かると思うのですが、そもそも当時の私が好んで書いていたのは暗い話の方で明るい話はあんまり書いてなかったんですね。大真面目に文章を書こうと思ったら、やっぱりハッピーエンドよりなんかどんよりした話の方が書きやすい。今でこそ堂々たるハピエン厨ですが、ハピエン厨に転向した理由は「社会人の疲れは学生の疲れより暗い話を書く体力を奪うタイプの疲れ」だったというのと、絵ではギャグっぽい話が描きやすいという気付きがあったからです。漫画で暗い話を描く気にならないように、文章で明るい話を書く気にもあまりならない。よほど書きたいものがあれば別かも知れないけど、文章で書きたいものは自分の技量ではとても絵に落とし込めない何かなんだと思います。
今回サイトを作るにあたって初心忘れるべからずと思い、また「骨とサーカス」という名前をつけようと思ったのですが、なんかもう骨とか言うような年頃じゃないことに気付きました。死を連想させることがカッコよかった学生時代はもうかなり遠い遠い過去で、今はもっと今の自分に近い言葉にしたいと思ってサイト名を「さんぽぽぽ」にしました。今の自分は結構自分のアイデンティティを「ぽ」のほうに託しているんだと思います。「えうぉ」ではなく。
この言葉が他で使われていないか確認してから名前をつけたらよかったんですが、思いついたら「これしかない‼️」となってしまい我を通してしまいました。検索するとアート展のタイトルが出てきてやっちまったと思ったんですが、まあこのサイトは一応検索避けもしておりますしご迷惑はならないだろうと。おいおい同人サイト系のサーチには登録しようかなぁと考えておりますが、身内に時々来てもらう用のサイトとして(あとは完全に自己満足として)細々やっていこうかなと思います。
「骨とサーカス」というサイトを運営していた頃の一番の思い出が、当時自分がサイトに展示していた作品を気に入ってくれたお姉様に「あなたの話を本にしたい」と言ってもらい本当に本を出してもらったことです。その本が本当に手の込んだ素敵なもので、お姉様がその表紙に手作業で赤いスワロフスキーを貼ってくれました。ペーペーの学生だった自分にはまだそのスゴさがあんまり分かっていなくて、今だったら感謝の五体投地でアスファルトを自分の額で削る気概なんですけど、当時は「嬉しいなぁ」くらいの感覚でした。あの頃の自分に会えたらぶっ飛ばすと思います。お前、もっと感謝しろと。
でもそうやって大切にしてもらった話は、今振り返って読んだ時にどれほど拙く感じても、やっぱり何がなんでも手元に残しておかなくちゃと思うもので、10年どころじゃない月日がたった今もこのお話だけはインターネットに残しています。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=...
死にたい雲雀シリーズというやつです。初出が2007年か2008年か。だからもう本当に20年近く前。
当時を振り返るとずいぶん熱心にサイトをやっていたなぁと思うし、サイトが本当に生活の一部でした。今同じ熱量でサイト作りが出来るかと言われたら無理です。しかし、二次創作的なコンテンツが軒並みpixivに収容されるようになってインターネットの景色が変わり、SNSが更に二次創作の裾野を広げてくれたのと同時に、狭いところでダンゴムシしていたオタクは実際のところ行き場をなくしてしまいました。ダンゴムシではなくてせめてイモムシくらいにはならないといけなかった。でもやっていることは二次創作だし、わざわざ表立って自分の存在をアピールしたいわけではない。石の下にいられるならそっちのほうがいい。注目を浴びたくはないが愛好者には自分の存在を知ってもらいたい。個人サイトはそういう需要を満たしてくれるものだと思います。
イーロン・マスクがインターネットで暴れるたびに「個人サイトへの回帰」がにわかに熱を帯びたりしますけど、サイト作りはやはり骨の折れる作業だったしハードルが低いとは言えないなと思います。管理も面倒くさいし、何よりスマホ一台で出来るのかと言われると、難しいと思う。とにかく一番これ、「スマホだけで完結しない」というのが時代に合っていない。サイト作りってPCがあることが前提だけど、今どきの子達はそもそもPCを持っているのだろうか。自分たちが同人作品を楽しむ時もわざわざPC開くよりスマホ片手に見る方が圧倒的に多いと思いますし、スマホで作業出来ない限り個人サイトは絶対流行らないだろうなと思います。もちろん今はスマホ一台でサイトが作れるサービスもあるんですけど、選択肢は少ないというのが現状です。
「個人サイト」というものが同人文化の一部として定着していた時代を通ってきた人と、pixivやSNSが同人文化の入口だった人とでは個人サイトというものに対する思い入れも違うと思いますし、「やってほしい」だけではなかなか重い腰は上がらないと思いますが、それでも是非興味があったらチャレンジしてほしいです。テンプレートを配布してくださっているサイトさんは今でもたくさんあって、今回私はすべてを配布サイトさんに頼りました。cssに関して自分が頑張ったことはほぼないです。素敵な配布サイトさんたちのお陰でやっと自分だけの石の下が出来ました。
サイト作りをやろうやろうと思いつつ全部後回しになっていたんですが、以前merciで未捺彦先生に「6月に個人サイトWebオンリーがあるんですよ〜」と教えて頂き、それに合わせて絶対サイトを完成させるぞ‼️という目標(締切とも言う)を立てることが出来たのもかなり大きかったです。
https://ma100.stars.ne.jp/meguruichi/
未捺彦先生に「ぽえうぉさんが出たらめぐゆじ取り扱いサイトが2件に増える」と言われて、ソイツはやるしかねぇと思いました。増えた方がいいからね、自カプサイトは。
目下の夢はサイトのリンクページをめぐゆじサイトまみれにすること。どういうサイトを参考したとかどんな記事を読んだとか、自分がやったことや自分のぶち当たった壁などは聞かれたら全部教えますので、どうか皆さんお願いします。夢を叶えさせてください‼️
SNSは便利だけど、どこへ行こうが結局は同じことが煩わしくなり同じことで悩まされるもの。なんでも使い方次第なんだから、SNSも含めてゆるくやっていこうと思います。どこで何をやっていたって私は絶対的に平和を支持。Xには課金しない。戦争反対。自カプは最高。
以上、よろしくお願い致します。
CATEGORY:雑記
1年前、動物公園でカンガルーを見た。コミカルなほど黒く大きな目と澄ました口元、大きなリボンのような耳、表情は「眠たそう」としか表現のしようがないが、面立ちはいたって可愛らしい。一方で、彼らの胸板は分厚く、肩から腰のラインにかけては安定した曲線が描かれている。いかにも堅強なシッポ、はじけそうな筋量がたくましい脚を力強く包み込んで、盛り上がった上半身を重量感たっぷりの下半身がしっかり支えているのが分かる。まさに地に足のついた生物。野生環境ではこの筋肉量が生死を分けるに違いない。
しかし、動物公園のこじんまりした放し飼いエリアに悠々とした態度で寝そべる彼らからは、「筋肉の鎧をまとった生物」というような例えからはかなり乖離した印象を受ける。なろうと思えば圧倒的な暴力装置になれる筋肉を誇りながら、そういうものにまるで頓着のない実に呑気な姿は、実家に帰省してだらしなくリビングに横たわってテレビを眺める無力で平和な人々のように怠惰で穏やかだった。カンガルーが午睡の代弁者であることは、彼らの下半身から完全に解き放たれ、もはや優雅な気品さえ感じさせる様子で足の隙間からハミ出したキンタマからも自明である。あれは、生殖よりも微睡みを思わせるキンタマだった。
カンガルーを食べた。
初夏の、あの汗ばむ陽気の、微睡みのキンタマから1年、ウェルダンで、カンガルー。
ということで、スズキ先生とカンガルーの肉を食べた。人生初のカンガルー肉である。それがまさか池袋にあるなんて。
カンガルーステーキの見た目は牛豚鶏で例えると牛ステーキに似ている。肉質は想像以上に柔らかい。牛肉とはまったく違う味わいだが、これを「そういう牛の部位」といって出されたら、信じるだろう。最初はレアで出てくるので、アッチアチの鉄板に肉を押し付けて火を通していく。わさびをつけて食べると肉の甘みが引き立ってうまい。米の進む味がする。脂が少なく、カルビがきつい年頃になりつつある乙女(※乙女)にもかなりオススメ出来る。肉を食べたという充足感と満足感はあるのに、胃に重たさが残らない。カルビを食べると翌日までダメージが残る乙女たち、カンガルーを食べなさい。
日々地道に努力を重ね、ものすごい肉体改造に成功しているスズキ先生は、「肉が食べたい」という欲求を満たすためにこのカンガルー肉にずいぶん世話になっていると仰っていた。いわく、2頭ぶんは食べたらしい。筋肉が筋肉に循環しているのだ。生物の垣根を超えた、マッチョの環である。
あの日動物公園で見たカンガルー。無邪気なほど全力で丸出しだった無防備のキンタマ。ぬいぐるみを濃いめのタレに漬けたような顔。劇画のようにマッチョフルな肉体。すべてがアンビバレントな魅力に包まれていたカンガルー。お前の肉がこんなに美味しいものだったなんて。
ありがとう、カンガルー。
お店を出たあとは巣鴨に移動した。週末の池袋に乙女(※乙女)の居場所はないのだ。
巣鴨から歩いて30分ほど、白山神社の紫陽花を見に行った。かなり盛況だった。紫陽花は満開で、あまり見たことない色や形のものもある。定番の赤や紫の紫陽花も美しい。pH値が生み出す自然の奇跡だ。色々な人たちがカメラを構えて紫陽花を撮影している。紫陽花の前でピースするお子さんを微笑ましく撮影する親御さん。恋人に撮影を頼まれてスマホを構える男性。かわいらしく着飾った女の子たちが伸ばす自撮り棒。こういう場所には、あらゆる類の「思い出」と「記念」がある。そしてぽえうぉこと異常独身女性もまた、おもむろにぬいぐるみを取り出し、撮影。あらゆる「思い出」と「記念」がある。あるのだ。
和太鼓部の学生さんが和太鼓を演奏していた。立派だった。私が彼ら彼女らの親ならあまりの立派ぶりに泣いていたと思う。赤の他人なので泣かず、心の中でたくさんの賞賛をおくり、神社をあとにした。一足先に夏祭りを体験出来てよかった。
スズキ先生と、再び巣鴨に向かって歩いた。日差しは眩しいが風はまだ涼しく日陰に入ると歩きやすい。良い散歩だった。
文京区というとなんとなく学校が多くやたらとバスが走っているイメージで、何かそういうような話をしながら歩いた。神社からほど近い場所に建っていた大学は建物が縦に長く、低層階で授業を受けた後に高層階に行かないといけないとなったら学生さんたちは移動が大変だろうね、エレベーターで移動だろうからね、とマジでおばちゃんみたいな会話をした。私もぼちぼち大学生の移動の心配より自分の足腰のために色々考えないといけないお年頃だが、スズキ先生は輝かんばかりの健康生活を送っていてとにかく努力の姿が素晴らしいので、お手本にして頑張りたいと思う。まずは高カロリーなものを食べる際に「お前は今からゼロカロリー」と言い聞かせてカロリーを消そうとする無意味な努力からやめたい。
大きな通りには様々なお店が面しているが、脇道に入るとすぐ住宅街が広がる。一方通行の多い東京では車の出入りが大変そうだなとどうでもいい感想をいだく。ところどころでキレイなカフェなども見かける。小洒落た本屋さんがあったので、立ち寄った。「食」と「旅」をテーマにした本屋さんということで、店内に置かれた本はそのどれもが「食」や「旅」、あるいはその「土地」に関連したものになっている。
店内の奥に、都道府県別に雑誌や本のおかれたコーナーがあった。埼玉コーナーには埼玉の観光地を案内する本のほかに古墳の本や三島由紀夫の「美しい星」などが並んでいた。「美しい星」を埼玉関連の本としてくれるところが面白い。
巣鴨に戻ったあとは、商店街を歩いた。激しい段差などがなく、道幅も広々としていてとにかく歩きやすい。とげぬき地蔵とはよく聞くが実際に訪れたことはなかったので、立ち寄れてよかった。また、あんぱんを買いに入ったパン屋さんのレジの後ろになぜか西武ライオンズグッズが並んでいて、どう考えても巣鴨と西武ライオンズに関連はないだろうから、間違いなくお店の方の趣味で陳列されていたのだろうが、埼玉在住の人間として西武ライオンズファンに出会うことがほぼないので新鮮な気持ちになったうえに地元のものが好かれているのはちょっと嬉しかった。なお私はまったく野球ファンなどではない。
ほどよく人がいて、またほどよく人がいない商店街を端から端まで歩いて、庚申塚駅に着いた。駅の甘味処でおはぎを食べたのだが、スズキ先生にとっては久しぶりの甘い食べ物だったそうでおはぎを前に「泣きそう」と言い感激してしばらくおはぎと見つめあっていた。おはぎもこんなに喜んでもらえてかなり嬉しかったはずだ。私は季節限定のよもぎおはぎを食べた。なんだかんだでずっと歩いていたから、甘いものが体に染みて本当に美味しかった。私の勤める会社には毎日おはぎを食べている異常なおじさんがいて、ハゲているせいで「おはげ」という身も蓋もないニックネームをつけられているのだが、おはぎと聞くとどうしてもその人がイメージの先頭に来ていた。でもこの日食べたおはぎのお陰で、おはぎのイメージの先頭がおはげと入れ替わった。人生で初めておはぎをテイクアウトした。スズキ先生も「一番おいしいおはぎだったかも」と言っていた。リム先生流に言うなら、「人生おはぎ」と言ったところか。
そのまま池袋まで歩いた。結局池袋に戻ってきた。
アニメイトに入ったが、キレイになったアニメイトは乙女(※乙女)の居られる空間ではなく、あの小汚いアニメイトが懐かしかった。池袋の景色も日々変わっていく。
カフェに入って、かき氷を食べ、この夏もたくさん遊びたいですねぇという話をし、帰った。帰りの電車で「カンガルー キンタマ」と検索したら、オーストラリアではカンガルーのキンタマは定番のお土産らしいということが分かり、カンガルーのキンタマはヘソの下あたりからぶら下がっているという知見を得た。また、オーストラリアに住むカンガルーは都民の数より多いらしいということも。
翌日、朝食に巣鴨で買ったあんぱんを食べた。どうしても牛乳と一緒に食べたかった。ひとりで家の張り込みが出来てよかった。そんでそのまま二度寝してしまい、目覚めたあともゴロゴロして10分おきに本読んで10分おきに横たわるみたいなことをやっていたら日曜日が終わった。かなり仕上がっている週末だった。畳む